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私が教員になった理由&辞めた理由

こんにちは、うさんちゅ(@usanchu72)です。
今日は私が高校の英語教員を目指そうと思った理由と辞めた理由をお話ししようと思います。

・教員になろうか迷っている
・教員になったけれど辞めたい
・転職を視野に入れている

そんな方に読んでいただければ嬉しいです。

初めに結論から言うと、
<教員になった理由>
 ・自分に自信がなかったけれど、高校の仲間と担任が自分の良いところを見つけてくれた
  →ひとり一人の個性を見つけて生かすことがきでる教師になりたい
 ・教育問題に興味を持ち解決したいと思った
 ・自分が悩んで失敗した進路選択の経験を生かして生徒をサポートしたい

<教員を辞めた理由>
 ・仕事が忙しく、教員になってやりたかったことができなかった
 ・仕事と夫婦生活を天秤にかけた時、夫婦生活を選んだ
 ・体調不良が続き、仕事が続けられなかった
 ・教員の仕事は、いつでも出来ると考えた

と、こんな感じです。

教員になった理由

自信がなかった私に居場所をくれた高校と担任

 私の母校は英語に力を入れている高校でした。
英語を使った仕事に就きたいと考え入学したものの、帰国子女や外国籍の子など英語が得意な子が多く、
自分の英語力の低さに自信をなくしていました
 すっかり英語嫌いになった私は、当時家庭の問題も重なって精神的に辛くなり、遅刻や欠席が多くなりました。
 しかし、転機が訪れます。クラスの文化祭中心メンバーとして活動した私は、クラスメイトから

「人が気づかないところを率先してやってくれる」
「うさんちゅと文化祭できて良かった」

という言葉をもらい、少しずつ学校が楽しい、自分は誰かのためになっている、と自信をつけていきました
 高校2年の春には、1年の時と同じ先生が担任になり、

「クラス委員長をやってくれないか」

と頼まれ委員長に。
委員長というと「リーダーらしくクラスを引っ張る」のが私のイメージでしたが、
実際は個性の多いメンバーに各行事に活躍してもらい、
全体を見て足りない部分を見つけて補うのが私の役目でした。
地味な委員長だったかもしれませんが、やりがいを感じ、ここでもまた自信をつけました。

私に委員長を任せた担任のように、

ひとり一人の個性を見つけて生かすことがきでる教師になりたい

と思ったのが、教員の夢を目指すきっかけでした。

教育問題に興味を持つ

教員になりたいと思うようになり、情報を色々と集める中で教育問題に興味を持つようになりました。
具体的にどんなことしたかというと、

  • mixiニュースを読む (今で言えばfacebook的なアプリ。ニュースを見て意見を投稿)
  • 教員養成セミナーの本を読む
  • 図書館に行って教育の本を読む
  • 小学校の英語授業に参加する
  • 小学校に5日間インターンシップに行く
  • auブログで教員している人と絡む

当時、小学校英語教育について様々な議論がされており、私は実際小学校に赴き英語の授業に参加したりしました。
この議論だけでなく、地域教育や教育格差などにも興味を持ち、

大学に行って教育を学びたいと強く思うようになります。

受験失敗の経験を活かしたい

4人姉弟の長女として育った私は、両親の負担を増やさないようにと国公立大学の教育学部を目指し勉強をしました。
結果は惨敗
どうにか3月の受験で私立の文学部に合格中高の英語教員免許も取れる大学に晴れて入学と思いきや…

母「ごめん。お金用意できなかったんだ」

なんと、入学に必要な費用が用意できないと両親に言われたのです。
ちょっとここでは書けないのですが、当時の我が家は危機的状況だったので、
両親の言葉にあまり驚きはしませんでした。しかし、ショックではありました。

お金がなくて我慢したことはこれまでもあったし
希望する教育学部に合格できなかった自分のせいでもある

そう考えた私は、1浪して国公立大学を目指そうとすぐ切り替えようとしていました。

その1週間後。
父が色々回ってくれたようで、親戚が入学に必要なお金を貸してくれることになりました。

こうして、どうにか浪人を経験せず大学に行ったのですが、今思えば

  • もっと勉強の方法を改善できたのではないか
  • 大学の費用についてもっと早めに調べておけばよかった
  • 奨学金についてもっと早く知りたかった

と後悔が多いです。教員になったらこの経験を生かして

生徒の進路指導に取り組みたいと思いました。

英語があまり好きでなかった私は、教科指導よりもこうした

生徒との関わり 進路指導 教育問題

に携わりたいと高校生から考えていました。



教員を辞めた理由

やりたいことができない

教員はとにかく忙しいです。
教員になってやりたかったことがなかなできないまま6年が過ぎようとしていました。

  • 生徒ともっと話したり進路の相談を受けたいにも雑務が多くて時間が取れない
  • 教育セミナーや教員の働き方についてのイベントに行きたいにも休みが取れない
  • 休日は部活があったり、疲れてしまってなかなか出かけられない

教員として経験を積むにつれて、仕事の効率は上がっていましたが、

 経験がある=仕事が出来る=仕事が多くなる

というしくみの世界ですから、忙しさは変わらない、というかどんどん忙しくなる毎日。
このまま仕事に忙殺される日々で良いのかわからなくなっていきました。

結婚を機にこれからの生活を考えた

1校目に働いた職場で夫と出会い、結婚をして夫婦2人暮らしを始めた年。
教員である夫とのこれからの生活が不安になりました。
その1日を書いたのがこちらの記事↓

 

教員夫婦の1日スケジュール

私には夫婦生活でやりたいことがありました。

  • 健康を考えた料理を作って一緒に食べたい
  • インテリアにこだわりたい
  • 夫と休日、家でゆっくりでも出かけてもいいから2人で過ごす時間が欲しい

これといって特別な内容ではないですよね。
でも、これが出来なかったんです。
料理なんて毎日するのは大変だし、土日も他の家事をするので精一杯。
部屋は平日脱ぎ捨てられた洋服が散乱し、キッチンも汚い。
夫と休日過ごせるかと思いきやお互い仕事があってすれ違い。

もし子どもが生まれたら、もしまたお互い転勤して通勤時間が長くなったり忙しくなったら…

考えれば考えるほど仕事を続けるのは無理だと思いました。

思いと裏腹に身体はボロボロだった

  • 生徒のために働きたい
  • もっと勉強して教員として立派になりたい

        VS

  • やりたいことができない
  • 夫婦生活は描いていた理想とはかけ離れている

なんとか続けてきた教員生活も、気づけば身体が悲鳴を上げていました。
症状としては、

  • 睡眠障害(寝つきが悪い、夜中目が覚める、明け方4時に目が覚める)
  • 身体が重くて起きれない
  • 考えたくないのに、ずっと脳が何かしら考えている
  • トイレが近くなる
  • 膀胱炎、腹痛

夫に心療内科へ連れて行ってもらい、適応障害と診断されました。

私は夫が親身に支えてくれたおかげでうつまではいかなかったものの、
きっと独身でひとりでいたらもっと悪くなっていたと思います。

こうして休職に入り、3月をもって退職しました。

教員の仕事はいつでもできる

私は夫と相談した上で、教員を退職することを決意しました。
ここまで読んでいただきわかったかと思いますが、
私は

  • 教員の仕事にやりがいを感じているし、仕事が好き
  • 職場で人間関係のトラブルがあったわけではない
  • 仕事もプライベートも充実させたかったが、キャパオーバー

と、教員の仕事に対しても、同僚の仲間や生徒に対して恨みも何もありません。

あー恨むとしたら・・・もっと大きな組織ですかね(笑)もっと仕事効率化して!

今はこうして仕事を離れていますが、
教員免許を更新すればまた

講師として働くことができます。

今は自分と向き合い、やりたいことをやってみて、
その中に「先生」がまた出てきたら、また教員として戻れたらと思っています。

もし教員[になること/を辞めること]に悩んでいたら

ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし、教員になること、辞めることに悩んでいたら、

大切なのは

ひとりで悩まないこと

です。
私が教員になろうと思えたのは、高校時代の仲間をはじめ沢山の人たちの支えがあったからです。
また、辞める決断ができたのも夫が支えてくれたからであり、辞めた後も遊びにおいでと言ってくれる同僚がいるから。
そして今こうして元気に発信しようと思えるのは、tiwtterで交流し合える仲間もできたからです✨

どうかひとりで悩まず、自分に正直になれるこたえを見つけてください。
私も悩みを共有しあえるひとりになれたらうれしいです。

twitter(@usanchu72)やお問い合わせページでもなんでも連絡ください✨

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